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日韓関係:「近くて遠い国」

 「日韓両国は自由と民主主義、市場経済など基本的価値を共有する最も重要な隣国」(外交青書)である。東日本大震災後には韓国から救助隊派遣や40億円超の寄付を受け、1万通余りの手紙が寄せられた。内閣府の世論調査では、日本人が韓国に親しみを感じる割合は1996年の35.8%から、最近は62%台に達している(中国は26.3%)。
ところが、2012年8月の李明博大統領の突然の竹島上陸、「謝るなら来なさい」との天皇謝罪発言は日韓関係に冷水を浴びせた。低い国内支持率挽回目的とはいえ、両国関係への悪影響が甚大なばかりでなく、大統領自身の国際信用問題になり得る。同大統領は2008年初めの就任早々、未来志向の日韓関係構築を目指し、「謝罪しろ」「反省しろ」と言いたくないと述べ、双方首脳の「シャトル外交」を通じて関係改善に向かっていただけに残念至極である。
 日韓基本条約と国交正常化
 日韓両国は戦後長年の困難な交渉を経て1965年に日韓基本条約を締結、国交正常化を実現した。請求権・経済協力協定、在日韓国人の法的地位協定、漁業協定、文化財・文化協力協定を併せ締結した。ただ、日本がサンフランシスコ平和条約で主権を回復する直前の52年1月に李承晩大統領が一方的に「李承晩ライン」を設定して竹島を取り込んだ。日韓漁業協定で「李承晩ライン」は実質的に廃止されたが、竹島の帰属問題は棚上げされた。日本は54年、62年、昨年の3回にわたって国際司法裁判所への付託を提案したが、韓国側は拒否した。99年発効の新漁業協定では、竹島を含む特定地域を両国漁船が共同操業する「暫定水域」に指定して今日に至っている。
 もう一つの大きな課題は、元従軍慰安婦など個人請求権の問題。請求権・経済協力協定で、日本は約53億ドルの植民地時代の投資と個人資産を放棄し、無償資金と借款を合わせて11億ドルの経済協力(当時の韓国国家予算の約3倍)を約束し、韓国側は個人を含む全ての対日請求権を放棄した。日本側はこれにより元従軍慰安婦など個人の請求権も全て解決済みとの立場である。村山内閣時代には人道的観点から「アジア女性平和国民基金」を設立して国民の寄付を募り、首相の詫び状を添えて元慰安婦に一人当たり200万円の償い金を手渡した。
 しかし、韓国政府は過去の交渉経緯を無視して2005年に元慰安婦などの請求権は協定の対象外と発表し、11年には「政府が日本と外交交渉しないのは被害者の基本的人権侵害で憲法違反」との憲法裁判所の判決を受け、日本との協議を求めてきた。日本側は法的に解決ずみとして拒否した。
日本の悲願である国連安保理常任理事国化についても韓国は強硬に反対している。
緊密化する経済・文化面の交流
 経済・文化面の関係改善は顕著である。韓国にとって日本は第2位の、日本にとって韓国は第3位の貿易相手国で今後も増加が期待される。日本側の大幅出超が続くが、韓国企業に不可欠な部品、素材などの輸入によるもので、その第3国向け輸出増に寄与している。素材や裾野産業が未熟な韓国は日本企業の誘致に熱心で、低い法人税や外資優遇策もあって日本の対韓投資は急増している。
 両国間の観光客など人の往来も盛んで、為替変動や大震災の影響はあるが、65年の国交正常化時に1万人だった日韓間の渡航者は約500万人に達している。近年のKポップスや韓国ドラマの韓流ブーム、日本の漫画、アニメ、小説の高い人気など、両国間の交流や相互理解は確実に深化している。
 他方、経済関係の更なる強化に資すべき経済連携協定交渉は2003年に始まったが、翌04年に中断した。その後の交渉再開に向けた協議に進展がない。韓国は米国、EUを含む各国との自由貿易協定推進に熱心だが、日本とは競争を恐れて逃げ腰である。97年と08年に韓国を襲ったような経済危機に備えるため、日韓通貨交換協定の融通枠が従来の130億ドルから11年に700億ドルに増枠されたが、12年10月に増枠部分は打ち切られた。
 このように、経済・文化・人的交流面で相互依存と相互理解が深まる一方、歴史認識や領土問題が政治関係改善の刺である。北朝鮮情勢が依然不透明で中国が軍備増強を進める中、日韓間の安保協力強化が重視されるが、12年6月には両国政府間で合意した軍事情報包括保護協定の署名が韓国側の政治的理由で直前に延期された。双方が感情論と大衆迎合的対応を排し、冷静かつ長期的観点から日韓関係の円滑化、緊密化に知恵を絞り、「真に近い国」の関係樹立に努める必要がある。
(2013年1月記)
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国連持続可能な開発会議(「リオ+20」)の開催

 6月20日から22日まで、リオデジャネイロで国連持続可能な開発会議が開かれた。1992年6月に同地で開かれた国連環境開発会議(「地球サミット」)20年周年に当たり、「リオ+20」とも呼ばれる。約百人の首脳、各国政府、政治家、経済界、NGO、報道関係者など4万人余りが参加した。政府代表演説など政府間会議と並行して、各国政府やNGOなどによる多数のサイド・イベントが催された。20年前の地球サミットと対比しつつ、その意義を考えてみたい。
 リオ+20の「成果」
 会議の主要テーマは「グリーン経済」への移行とUNEP(国連環境計画)の専門機関への昇格など「制度的枠組み」の2点にあり、「我々が望む未来」と題する長文の成果文書(52頁、283項目)を採択して閉幕した。
 地球サミットでは経済発展と環境保全の両立した開発の重要性が認識され、「持続可能な開発」の原則が国際的に確立した。今次会議は持続可能な開発を達成する上でグリーン経済が重要な手段との認識で一致した。ただ、先進国がすべての国によるグリーン経済への移行と戦略策定の必要性を強調したが、途上国側はグリーン経済は持続可能な開発を達成する上での選択肢の一つにすぎない、戦略の策定は国ごとの判断と柔軟性によると主張して対立した。
 第2の制度的枠組みにつき、一部先進国が国連に持続可能な開発理事会の設立を提案したが日米加などが反対し、途上国が提案したハイレベル政治フォーラムの設立が合意され、既存の持続可能な開発委員会に代わって、明年9月の国連総会までにその第1回会合を開くことになった。また、EU(欧州連合)などが提案したUNEPの国連専門機関への格上げは実現せず、UNEP管理理事会のメンバーシップ拡大、資金強化、国連内での調整能力の強化を図ることとし、具体的内容は今秋の国連総会で決議される。
 今後の行動の枠組みとして、食料、水、エネルギー、海洋、気候変動、生物多様性など26分野での取組みが合意された。2000年の国連首脳会議で採択のミレニアム開発目標(MDGs)は2015年に期限を迎えるが、今度は持続可能な開発目標(SDGs)作成のための作業を立ち上げ、14年秋までの具体化を目指す。先進国と途上国が対立する資金と技術移転の問題は今後国連や関連国際機関で検討を重ねることになった。 
 地球サミットとの比較
 1992年6月3日から14日まで開催された地球サミットは多数の首脳が集まった国連史上最大の会議となり、大きな成果を上げた。当時の地球環境問題の深刻化と相まって世界の関心も強く、「環境と開発に関するリオ宣言」、その行動計画たる「アジェンダ21」および「森林原則声明」が採択された。2年近い準備過程で難航した資金、森林、漁業などの問題も、リオでの徹夜続きの折衝を経てすべて合意に達した。国連気候変動枠組条約と生物多様性条約の策定交渉が直前にまとまってリオで多数の国が署名、前者は94年、後者は93年末にそれぞれ発効した。アフリカ諸国の関心事たる砂漠化防止条約の交渉開始が合意され、94年に採択された。この準備や交渉プロセスでの議論や報道ぶりが、その後の地球環境問題への国際的取り組みや世論喚起に大きな影響を及ぼしたことは何より大きな成果だった。
 今回の成果文書は事前の準備過程では意見の対立が顕著で、3日間の短い会議では現地で詰める時間もなく、議長国ブラジルが取りまとめた各国立場の最大公約数的な合意案を議論もなく採択したもの。百人近い首脳と1万人余りの政府代表団が参加した割には低次元の内容で、ほとんどの問題を先送りした。「不合意文書」と揶揄する向きもある。地球サミットの合意で発足した持続可能な開発委員会に代わるハイレベル政治フォーラム設置の有用性は疑問。既存の委員会の活動に不満だといって衣替えしても、各国に真の問題解決に取組む意思がなければ効果はない。フランスを除くG8首脳が欠席して先進国の影が薄かった。途上国は「共通だが差異ある責任」原則に固執して、経済大国になった中国やインドを含めて責任回避に努めた。新興国にはより重い責任感を持ってもらう必要がある。政府間会議の低調さに比べて、NGOなどによる会場外のサイド・イベントは、お祭り騒ぎもあったが、評価が高かったようだ。
(2012年9月記)

テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

世界の人口問題

国連の推計では、世界の人口は昨年10月末には70億人に達した。2050年に93億人、2100年には101億人になると推定されている。地域別では、現在世界最大の42億人(世界の60%)を擁するアジアは、21世紀半ばをピーク(2052年、52億人)に、緩やかな減少に転じる(2100年、46億人)。他方、現在10億人(15%)のアフリカは人口増加率が高く、今後35年で倍増し、2100年には36億人になる。
本稿では国連など国際機関の資料をもとに、世界が直面する人口問題のいくつかの側面を取り上げたい。
人口増加と貧困の悪循環
 サハラ以南アフリカやアジア(特にインドなどの南アジア)は人口増加と貧困・飢餓の深刻な悪循環にある。世銀の2008年統計によると、国際的貧困ラインとされる一人当たり一日1.25米ドル以下(購買力平価ベース)で暮らす人々の比率はサハラ以南アフリカで47.5%、南アジア36.0%、東アジア太平洋14.3%である。一人当たり2ドル以下をとると、それぞれ69.2%、70.9%、33.2%に上昇する。
 国連ミレニアム開発目標報告(2010年版)によると、食料不足や栄養不良、水道・保健衛生サービスの欠如などによって、途上国の5歳未満児の4人に1人(南アジアではほぼ2人に1人)が体重不足状態にある。この体重不足は同じ国内でも都市部と農村部、富裕層と貧困層との間で格差があり、この格差是正が重要課題である。家庭の貧困故に就学できない児童が多く、途上国全体における最貧層世帯の女児が就学できない可能性は富裕層女児の3.5倍(男児は4倍)。逆に、出生率では貧困で学校教育に恵まれない未成年者による出生率が高く、これら女児の健康が害され、その社会的経済的地位向上の機会も失われる。無学歴の女性による避妊手段の利用率は中等教育を受けた女性の4分の1。貧困層の間のマラリア、HIV、はしかなど感染症への罹患率も高い。
 人口増加と貧困は地球環境の悪化を加速させている。耕作地を求めて移動する住民の焼畑農業によってアマゾンなど熱帯雨林の破壊が進行、地球温暖化や生物多様性の喪失をもたらしている。アジアの新興国を含む途上国人口の都市への集中は大気汚染、水質・土壌汚染、砂漠化、水不足、酸性雨などの課題を山積させている。
国際協力の重要性
 以上のような問題はあるが、国際機関、各国の支援・啓発活動などの結果、過去60年間の人口問題に多大の進展があった。国連人口基金(UNFPA)の世界人口白書(2011)によると、1950年代初期に約48歳だった平均寿命は今では約68歳に延びた。乳児死亡率は出生1000人当たり133から46に激減した。予防接種拡大キャンペーンによって世界中で幼児の疾病率が低下した。合計特殊出生率(一人の女性が一生のうちに産む子供の数)は1950年代の6.0から2.5へと激減した。ただ、地域別にみると、先進国は人口置き換え水準(2.1)を下回る1.7であるのに対して、最貧国は4.2、サハラ以南アフリカは4.8であり、特に最貧国ほど高止まりしている。
前記白書は、リプロダクティブ・ヘルス(人々が生殖能力をもち、子どもを産むか否か、いつ何人産むかを自由に決める権利)、子どもの健康、教育、女性のエンパワーメント(権利・能力強化)などの分野での改善が出生率低下をもたらし、貧困削減と経済成長を促したとしている。過去の成果に自己満足することなく、国際協力によって最貧国の状況の一層の改善を図る必要がある。
少子・高齢化問題
日本は人口減少・少子高齢化時代にいち早く突入したが、現在「人口ボーナス」(生産年齢人口が多くて経済成長要因となること)を享受する東アジア諸国(中国、韓国、シンガポール、タイなど)を始め、ドイツ語圏や南欧諸国、旧ソ連圏諸国なども早晩同じ問題に直面する。日本は、経済活力と成長の維持、社会保障制度存続、介護士始め外国人専門家や労働者受け入れのあり方など喫緊の課題と真剣に取り組み、少子高齢化を基盤とした活力ある社会の世界的モデルを構築する好機といえる。
(2012年10月記)

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

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