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環境問題を巡るダブルスタンダード

地球温暖化、生物多様性の喪失、オゾン層破壊などの地球環境問題は年々深刻化し、人類の生存基盤が脅かされるといわれております。このような地球規模の環境問題は一部の国だけの努力では解決困難であり、全世界の国々が協力して取り組むべき喫緊の課題になっています。このため、多数の国際条約が締結され、その下で多くの国際機関が設立され、その遵守状況を審査、改善するために各種の国際会議が開かれています。
国際捕鯨取締条約を含む各種の漁業保存関連条約、国連気候変動枠組条約と京都議定書、生物多様性条約とカルタヘナ議定書、オゾン層保護に関するウィーン条約とモントリオール議定書、絶滅の危機に瀕する動植物の取引規制条約(ワシントン条約)等がその典型です。
基本原則は「持続可能な開発・利用」
私も長年にわたって、この種条約や議定書の交渉に携わり、多数の国際会議での議論に参加してきましたが、本来環境保全という崇高な目的を議論する場が、往々にして、実は国益がもろに前面に出たやりとりの場になることが多いことを実感してきました。環境の会議も奇麗事だけの世界ではなく、また、必ずしも論理的な議論の場でもないのです。
環境保全の必要性についてはどの国にも異論はないと言えます。環境問題への取組の基本原則は「持続可能な開発・利用」です。この原則はリオデジャネイロの地球サミット(1992年)においてコンセンサスで採択されました。しかしながら、その具体的な適用段階になると、首尾一貫しない例が目立つのが現実です。具体的対応になると立場が分かれ、矛盾が出てくるのです。特に自国の経済的利害が絡む場合は開発・利用の側面を強調し、逆に自国の利害がからまない場合には保護・保全を唱えるケースが頻繁にみられます。この意味で、環境問題はしばしば「総論賛成、各論反対」の世界とも言われます。これは先進国、途上国双方に共通する問題です。
地球環境問題の議論は多数のNGO(非政府組織)の監視下で行われることが普通であり、このために一種のビューティ・コンテストに陥ることがよくあります。この現象は、NIMBY(Not in my Back Yard「自分の裏庭だけは別」)と言われます。
各国エゴ剥き出しの環境問題
国際政治分野でブッシュ政権時代の米国の単独行動主義は有名でしたが、米国の民主党政権、共和党政権のいずれを問わず、環境分野でも同様です。オゾン層保護問題で米国は、80年代の条約及び議定書交渉を常にリードしてNGO等からも高く評価され、消極的対応を示した日欧と好対照でした。この背景には、当時デュポンなど米国企業がフロンの代替物質の開発に成功し、米国企業に有利との判断があったとされています。これとは逆に、国連気候変動枠組条約交渉で米国は終始慎重で、最終的に妥協が成立して加盟しましたが、次の厳しい具体的義務を規定する97年の京都議定書には批准せず、未だに加盟するに至っていません。これは、エネルギー業界など国内産業界の強い反対があるからです。同様に、生物多様性条約は、医薬品業界などの反対もあって、署名はしたが批准をせず、同条約に基づくカルタヘナ議定書に加入する意図も示しておりません。アル・ゴア元副大統領は環境分野の著書を出版し、ノーベル平和賞を受賞しましたが、ゴア副大統領時代の民主党政権も、京都議定書にも生物多様性条約にも加入しようとしませんでした。演説や著書では崇高な理想を述べますが、実行力が伴わないのです。
また、かつての最大の捕鯨国米国は、鯨油の需要減とともに捕鯨への関心がなくなり、今や特定鯨種資源の多寡に関わりなく、クジラ保護一辺倒で、IWCや国際環境会議の場で日本などと激しく対立してきております。他方、アラスカ原住民による生存捕鯨は別枠扱いを主張し、年々捕獲枠拡大に成功してきています。72年の海洋哺乳動物保護法は米国民によるクジラ等海産哺乳動物の捕獲を厳しく規制していますが、アラスカ原住民による生存捕鯨は別扱いにしており、その結果アラスカ近海のシロイルカは最近絶滅状態にあると言われています。
これは、欧州諸国にも言えることで、フランスはかつて太平洋での核実験を実力で阻止しようとするグリーンピースを目の敵にし、IWCでの投票態度も日本に好意的でした。日仏間のプルトニウム輸送についても日仏の対応は一体でした。しかし、国内における緑の党の躍進とともに、自国に経済的利害のない捕鯨は、条約上明記されている調査捕鯨にも強く反対するようになりました。そして率先して南半球の捕鯨モラトリウム宣言案を提案・推進し、94年に採択されました(日本は意義申し立て)。同様の国内問題を抱えるドイツに至っては強い反捕鯨を旗印にして、持続可能な開発・利用の原則などに配慮する気配はみられません。
「持続可能な開発・利用」は途上国が最も重視する原則です。しかしながら、インド、ブラジル、チリ、アルゼンチン、ペルー、南アフリカなどは、自国に利害関係のない捕鯨問題になると保護一辺倒で、首尾一貫しません。インドは、トラの如き自国の資源になると、例え国際機関が絶滅の危機に瀕しつつあり、保護する必要があると言っても、これに反論し、また、資源が豊富とされる南部アフリカ象や鯨種についても大声で保護を主張するのはいただけません。同じアフリカでも、ジンバブエなどは首尾一貫していて、陸上のアフリカゾウ同様、クジラについても持続可能な利用原則に基づいた言動をしています。
国際会議でも、その成果を挙げるために捕鯨を犠牲にしたことがあります。それは72年のストックホルム環境会議です。この会議の成果が乏しいことにあせったモリス・ストロング会議事務局長(当時)は、米国等と組んで最終段階で商業捕鯨モラトリアム決議案を準備して突如提案し、可決することに成功した経緯があります。これをきっかけに、ちょうど10年後(82年)のIWCで商業捕鯨モラトリアムが採択されて今日に至っております。一旦採択されると、資源の余りある鯨種の捕獲の再開も不可能です。
これに比べてインドを除くアジア諸国は、日本同様に持続可能な開発・利用原則で一貫した対応を示すのが一般的である。
日本は、一貫して環境保護・保全を重視する一方、日本の経済的利害の有無に関わりなく持続可能な開発原則に基づく言動を維持し、途上国からも評価されてきております。今後も、粘り強くこのような対応を維持することが肝要であり、国際信用を維持する上で重要と考えます。環境問題を偽善の世界にしてはならないと思います。
 日本では、IWCの活動が余りにも原則を無視して異常であることから、IWCから脱退すべきとの意見がときたま聞かれますが、日本としてはあくまでもIWCに不踏み止まって粘り強い努力を継続し、原則と矛盾する議論をする国々を打ち負かせてほしいと考えます。昨年(2008年)から始まった正常化のための作業は、反捕鯨派の妨害工作もあって結果につき楽観は許されませんが、日本代表団に粘り強い交渉を期待したいものです。
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テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

IWC(国際捕鯨委員会)の正常化問題

 本年2月、私は米国のピュー財団主催のクジラに関する会合(於リスボン)に招かれて参加しました。私は80年代半ばにIWC年次総会に3年続けて出席、また、90年代初めには地球サミットの準備の一環で反捕鯨派と激しく議論をしました。それ以来久し振りに捕鯨問題に関わることになった訳でしたが、この17年間捕鯨派と反捕鯨派との間の議論は収斂せず、相変わらず不毛の議論の繰り返しとの印象を受けました。
折からIWCでは、長年の異常事態を打開すべく、米国のホガース議長主導の下、昨年のチリ総会で正常化に向けた作業項目が合意され、デソト大使(ペルー)を議長とする小ワーキンググループ(以下SWG)を設置して妥協案を模索していました。2月2日に選択肢付きの議長ペーパーを公表し、3月のローマ会合での検討を経て6月のマデイラ(ポルトガル)でのIWC総会に提出、採択を目指すことになっておりました。
私が参加した会合の目的は、ピュークジラ委員会を設立してIWCの正常化作業を側面支援することにありました。しかしながら、メンバーは私を除いてほぼ反捕鯨国出身者で構成され、財団作成の討議用資料および専門家のプレゼンも反捕鯨の立場で貫かれ、正常化作業にどう貢献し得るか、疑問視されました。日本の調査捕鯨からの早期撤退確保(それと引き換えに厳しい条件下での沿岸捕鯨承認)が主眼で、SWGにおける正常化作業の中身より後退しているとの印象を受けました。
結局、当初目指した合意文書の採択を諦めて、議長総括が発表されることになりました。なお、正常化を主導するホガース議長をブッシュ政権の遺物として足を引っ張り、同議長の交代をバラック政権に働き掛けている米国NGOの動きが背後で看取されました。
恒久的神学論争
 捕鯨を巡る議論がいかに異常なのか。双方の間には埋められない哲学の根本的違いがある、というのが私の従来からの印象であり、ピュークジラ委員会の会合に出て、改めて従来の印象を確認することになりました。会合の雰囲気を含めて代表的論点を以下に紹介したいと思います。
第1に、一方に、クジラの捕獲は悪で、不道徳で一切容認できないと主張する感情論があります。特に日本の調査捕鯨を最大の攻撃対象としており、日本の調査捕鯨は疑似商業捕鯨であって、1982年にIWCで採択されたモラトリアム(一時停止)の抜け穴であるとの非難を繰り返します。他方、捕鯨国側からみて、日本が実施している調査捕鯨は国際捕鯨取締り条約第8条に明記された基本的権利であり、また、ノルウェーの商業捕鯨はモラトリアムに対する「異議申し立て」の下で行っているもので、いずれも条約上の権利として明記されており、何ら違法性はない、ということです。
 第2に、条約の目的は鯨類資源の適切な保存と利用(鯨類産業の秩序ある発展)にあると明記され、日本などは絶滅の危機に瀕する種の捕獲は禁止して資源の回復を図り、資源の豊富な種は利用する、との立場を貫いてきております。この「持続可能な発展、利用」の原則は92年の地球サミット以来の中心テーマであって、今や世界の常識ですが、反捕鯨派にとってクジラだけは適用除外で禁句ということのようです。他の環境問題ではこの「持続可能な開発・利用」原則を大上段に振りかざすブラジルやインドも、捕鯨問題だけは例外のようです。
第3に、82年採択の商業捕鯨モラトリアム決定では、「遅くとも90年までに鯨資源にどのような影響があったかを評価し、新たな捕獲枠の設定を検討する」ことになっております。しかし、反捕鯨派はこの「モラトリアム」(一時停止)を恒久化するべく、捕獲枠設定の前提となる改定管理方式(RMP)の導入と改定管理制度(RMS)の採択に無理難題をふっかけ、その採択を妨害してきています。
 第4に、「国際世論の圧力」に屈しない捕鯨国の対応に苛立つ反捕鯨派は、条約は採択後60年も経た時代遅れの代物で、最近の漁業・環境関連条約に沿って全面的に改正すべきとの論理を展開し、具体的には調査捕鯨や「意義申し立て」制度を撤廃し、更に条約順守の強化、紛争解決制度の導入などを提唱しています。条約改正が不可能な場合も、調査捕鯨の自発的停止ないし放棄、総会の下に設けられている科学委員会の厳しい管理下での実施案などを示唆しています。豪などは条約改正のための外交会議の開催を提唱し、仮に条約改正が駄目でも、条約の「部分的強化」を図る議定書の採択を狙っているようです。日本は、条約はこれまで必要に応じて改善運用されてきており、議定書の交渉は不要であるとの立場を取ってきています。
 第5に、反捕鯨派は社会経済的、文化的・倫理道徳上の側面も重視しているようです。しかし、彼らのいう文化的、道徳的側面とはクジラは可愛い動物で、これを「殺す」ことは絶対に容認できないというものなのです。クジラも漁業資源の一種で、持続可能な利用の対象であり、伝統的食文化であるとする日本の立場と全く相容れないのです。反捕鯨派はまた、捕鯨の経済的合理性はなく、政府の補助金で辛うじて持続しており、補助金を撤廃すれば継続不可能とも指摘しています。捕獲でなく、ホエールウオッチングを大いに奨励すべきとも主張しています。日本からみて捕鯨とホエールウオッチングとは二者択一の問題でなく、両立する話です。現に日本でも、ホエールウオッチングの振興を重視する地域は多く、そこではクジラ料理専門店も沢山あります。
 第6に、過去にインド洋、南氷洋など幾つかの海域が科学的根拠もなくクジラの聖域(サンクチュアリー)と決定され、現在南大西洋の聖域提案が出ています。条約に聖域の提案・決定は科学的根拠に依るとの条件が明記されていても、捕鯨国側に種々の科学的データの提出を厳しく求める反捕鯨派も、聖域提案の科学的根拠は全く曖昧のままで、二律背反も甚だしいといえます。最近では公海全体の聖域論まで言い始めていて、警戒を要する状況です。
 このように、捕鯨問題の世界はNGOを巻き込んだ不合理・不透明な議論が罷り通る場であり、果たしてSWGの作業が成功裏に完結するかは予断を許しません。日本政府には原則を維持しつつ、「ギブ・アンド・テーク」の前提で粘り強く交渉を続けてほしいと思います。
(2009年2月記)

テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

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