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写真(新宿御苑の紅葉)

2012年12月に撮影したものです。
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日本の調査捕鯨と国際司法裁判所(ICJ)判決

2014年3月31日、国際司法裁判所(ICJ)は日本の第2期南極海鯨類捕獲調査(JARPAⅡ)は国際捕鯨取締条約(以下条約)「第8条の範囲に収まらない」として、その中止を求める判決を下した。これを受けて日本政府は4月18日に南氷洋における2014/15漁期の調査取りやめを決定・発表した。以下に、日本の調査捕鯨の背景とICJ判決の意味合いを分析しつつ、日本の今後の対応を考えてみたい。
調査捕鯨実施の背景
1982年、国際捕鯨委員会(IWC)は遠洋捕鯨(85年以降)と沿岸捕鯨(86年以降)のモラトリアム(一時停止)を圧倒的多数で採択した。日本は条約の規定に従って「異議申し立て」を行い、商業捕鯨継続の権利を確保した。しかし、当時米国200海里内の対日漁獲割当量は約100万トンと大きく、その大幅削減を示唆する米国の圧力下で行われた日米交渉により、「異議申し立て」を撤回、商業捕鯨から撤退した。しかし、88年には米国の対日漁獲割り当てもゼロに。米国の漁獲割当が商業捕鯨撤退のテコに使われたわけだ。
 他方、条約第8条1には各国政府は科学的研究のため鯨の捕獲、処理などを認可する特別許可証の発給ができるとの規定があり、日本はこの権利を行使して87/88年漁期から調査捕鯨を開始した。南極海鯨類捕獲調査(JARPA)ではミンク鯨の年間捕獲数を当初300±10%、95/96年から400±10%とし、04/05年までの18年間で合計6700頭余りを捕獲した。次いで05/06年からJARPAⅡを開始、ミンク鯨の捕獲数は850±10%とし、07/08年からザトウクジラとナガスクジラ各50頭の捕獲を追加した。95年から北西太平洋での捕獲調査も実施中である。
豪州の提訴とICJ判決
 これに対して豪州は10年5月にJARPAⅡが条約違反としてICJに提訴、12年にニュージーランドも訴訟参加した。本件審議にあたってICJは、第8条1に基づく調査捕鯨の実施や同条2に基づく鯨肉の加工と販売の権利を認めつつ、①JARPAⅡの調査活動が「科学的調査」に関するものか、②その計画と実施がその調査目的を達成する上で合理的なものか、を論点とした。ICJの役割は捕鯨の是非を巡る国際社会の論争に関わることでなく、また、「科学的調査」を定義する立場にないとして、豪州が提起した科学的調査の4要件の受け入れを拒否した。
ICJは口頭弁論を含む詳細審査の末、①JARPAⅡと前身のJARPAにおける主題、目的および手法の類似性にもかかわらず、ミンク鯨捕獲数の大幅増加とザトウクジラおよびナガスクジラ2鯨種の新たな追加に関する説明が不十分で、捕獲数決定経緯が不透明(最初に数字ありきで理由は後付け)、②追加2鯨種の捕獲実績が少なく(前者は実績ゼロ)調査目的に必要な情報の獲得が困難であるに拘わらず同数の許可証発給を続けた、③ミンク鯨の捕獲目標と実際の捕獲数との間に大きな乖離(10/11年170頭、12/13年103頭)があるにも拘わらず、同じ調査目的を維持した、④調査期間の終期がない、論文など成果物が少ないなど、科学的調査目的といえるか不明との諸点を指摘した。これにより、JARPAⅡは概ね科学的調査と特徴付け得るが、その計画と実施双方の面で調査目的を達成する上で合理的なものとは立証されない、と結論付けた。
 この結果ICJは①日本が発給する特別許可証は条約第8条1の範囲内に収まらない、②現行発給の許可証を取消し、今後の発給を差し控える、③この結果、日本の「調査捕鯨」は商業捕鯨モラトリアムに違反、また、ナガスクジラにつき母船式捕鯨モラトリアムと南氷洋保護区に関するIWC決定に違反との判決を下した。
ICJ判決の意味合いと日本の対応のあり方
 この判決は日本が将来第8条1に基づく許可証の発給を検討する際には判決の理由付けと結論を考慮することを求めた。すなわち、「科学的調査目的」であるかどうかは日本が独自に判断するのではなく、判決文が指摘する諸点を取り入れた調査計画を作成して実施することを求められているのであり、調査捕鯨の実施自体が否定された訳ではない。
 IWCが82年に採択した「モラトリアム」はあくまでも「一時的停止」であり、モラトリアムの撤廃と商業捕鯨の再開を実現するためには捕獲を含む調査活動を通じた科学的データの収集は不可欠である。シーシェパードなど反捕鯨団体の過激行動などの影響もあって実施上の困難に直面してきたが、日本の調査捕鯨の実績は定評があり、計画と実施方法が調査目的に照らして合理的かどうかを厳格に詰めた上で継続して欲しいものだ。この意味で、調査捕鯨自体は条約第8条で認められた権利だとはいえ、日本が87年に300頭で始めたミンク鯨の捕獲枠を徐々に拡大して、05年に設定した850頭と実際の捕獲数との間に大きな乖離が生じるに至ったこと、また、07年から捕獲実績が皆無または少ないザトウクジラとナガスクジラの枠を設定し続けたことは反省材料となろう。
 幸い政府は14年11月に、ミンククジラの捕獲数を333頭に減らした計画案をIWCに提出し、15年秋からの再開を計画中である。日本国内にもメディアを含めて、調査捕鯨の「強行」を懸念する声がある(例えば朝日新聞、日経新聞などの社説)。しかし、捕鯨問題は感情問題であり、宗教論争と同じで、科学的根拠が無視されて冷静な議論を行えない異常なIWCの下では、如何に誠意を尽くして問題提起、議論をしてもコンセンサスを得られるはずがない。日本としては条約上の権利たる科学的調査内容を精査した上で、粛々と実施する以外に選択肢はないと思う。かつて政府代表の一人としてIWC総会に出席、議論を尽くした者としての所信である。
(2015.1.10記)

WTO(世界貿易機関):ドーハ・ラウンドの再活性化は実現するか

 WTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンド交渉が難航している。この交渉は2001年11月のドーハ(カタール)閣僚会議で交渉開始が決定された。ドーハ開発アジェンダ(DDA)とも呼ばれる。12年に及ぶマラソン交渉だが進展がなく絶望視されていた。ところが、2013年12月のバリ(インドネシア)閣僚会議で貿易円滑化協定の合意など一部進展があり、交渉継続が確認され、若干明るさを取り戻した。
 近年、TPP(環太平洋経済連携協定)など二国間或いは地域的FTA(自由貿易協定)交渉が脚光を浴びる中、WTO交渉の現状を探ってみたい。
GATT/WTOの歴史的役割
 1930年代の世界恐慌を背景に各国が保護貿易、ブロック経済化に走り、第二次世界大戦に突入した苦い経験から、戦後の自由・無差別・多角的貿易体制の維持強化を目的としたGATT(関税と貿易に関する一般協定)が48年に発足した。過去8回にわたる関税引き下げ交渉などを行い、世界貿易の拡大と世界経済の発展に大きく貢献してきた。戦後日本の目覚ましい経済発展もGATTの恩恵抜きには語れない。最後のウルグアイ・ラウンド(UR)交渉の結果、GATTは発展的に解消、95年1月にWTOが発足した。
 WTOでは伝統的な物品の関税・非関税障壁の削減に加えてサービス、貿易関連投資および知的財産権保護という新分野を取り入れ、農業分野のルールが強化され、紛争解決制度が大幅に整備・強化されるなど役割が格段に拡大・強化された。
難航するWTO交渉
 WTO協定下でサービスと農業分野は2000年には次の交渉開始を合意ずみだったが、他の分野も含めてWTO発足後初の包括的貿易交渉開始の機運が高まった。期待されたシアトル閣僚会議(99年)は、グローバル化反対を叫ぶNGOデモやホスト国で議長国たる米国政府の不手際などで混乱、失敗した。9・11後のドーハ閣僚会議で新ラウンド開始に漕ぎ着けた。
 以来、農業、鉱工業品、サービス、ルール(反ダンピング、補助金)、貿易円滑化、開発(途上国の義務免除・緩和)、環境および知的財産権という8分野の一括妥結を目指して交渉が行われてきた。一括妥結とは、利害の異なる多数の国々が交渉に参加するため、各国の得意分野や苦手分野を含めて全体としてギブ・アンド・テイクで均衡のある全体合意をまとめる(自国に都合のよい分野のつまみ食いは認めない)方式で、UR交渉で採用され今回も踏襲された。
ところが、いざ交渉枠組み、態様などの協議が始まると、各国利害の対立が表面化、交渉は難航を極めた。WTOの最高意思決定機関は閣僚会議(2年に1回開催)だが、交渉開始後最初のカンクン(メキシコ)閣僚会議(03年)は成果なく決裂した。その背景には、何が何でもまとめようとの議長国メキシコの意欲の欠如もあった。G8、APEC、G20などの首脳会議や各種閣僚会合などで毎年ドーハ・ラウンド早期完結の重要性が謳われながら、交渉の決裂や中断もあり、当初3年の交渉期限が幾度か延長されて今日に至った。
交渉の一括妥結方式が逆に足枷になり、例えば農業がまとまらなければ鉱工業品やサービスが進まないなど膠着状態に陥った。この間、貿易交渉委員会の議長を務めるWTO事務局長は4人目となった。以前のGATT多数国間交渉では先進国間の交渉が軸で日米欧3極が合意に達すればそれがほぼ全体の合意になり、途上国は譲歩少なくして「ただ乗り」できた。まさに東京ラウンド(73-79)やウルグアイ・ラウンド(86-94)がそうであった。ところが、現在の交渉では、先進国は途上国の経済的地位向上に見合った対価を求めるが、中国、インド、ブラジルなどの譲歩がない。新興国の責任自覚が強く望まれる次第だ。11年の閣僚会議では、全分野の一括妥結は当面見込めないとの認識から、部分合意など可能な成果を積み上げる「新たなアプローチ」を試みることになった。
バリ閣僚会議の成果 
その後2年にわたる交渉の末、バリでは貿易円滑化協定など一部につき合意が成立した。95年のWTO発足以来の18年間で初めて多数国間交渉が一定の合意に結びついた意味で画期的との評価(外務省HP)もあるが、この協定は税関手続きの透明化、迅速化を目指す技術的な内容で、先進国、途上国双方の関心が強く争点が比較的少ないもの。失敗よりはマシであるに違いないが、本来の交渉目的達成の小さな一歩にすぎない。
 残るドーハ・ラウンドの交渉事項についても12か月以内に作業計画を策定することになった。TPPなど大型FTA交渉が継続する中、途上国の間でもWTO中心の多角的貿易体制を重視する声が高まったようだ。13年5月に就任したアゼベド新事務局長(ブラジル出身)の下で、長年の膠着状態の打開が切望される。
(2013年4月記)

日韓関係:「近くて遠い国」

 「日韓両国は自由と民主主義、市場経済など基本的価値を共有する最も重要な隣国」(外交青書)である。東日本大震災後には韓国から救助隊派遣や40億円超の寄付を受け、1万通余りの手紙が寄せられた。内閣府の世論調査では、日本人が韓国に親しみを感じる割合は1996年の35.8%から、最近は62%台に達している(中国は26.3%)。
ところが、2012年8月の李明博大統領の突然の竹島上陸、「謝るなら来なさい」との天皇謝罪発言は日韓関係に冷水を浴びせた。低い国内支持率挽回目的とはいえ、両国関係への悪影響が甚大なばかりでなく、大統領自身の国際信用問題になり得る。同大統領は2008年初めの就任早々、未来志向の日韓関係構築を目指し、「謝罪しろ」「反省しろ」と言いたくないと述べ、双方首脳の「シャトル外交」を通じて関係改善に向かっていただけに残念至極である。
 日韓基本条約と国交正常化
 日韓両国は戦後長年の困難な交渉を経て1965年に日韓基本条約を締結、国交正常化を実現した。請求権・経済協力協定、在日韓国人の法的地位協定、漁業協定、文化財・文化協力協定を併せ締結した。ただ、日本がサンフランシスコ平和条約で主権を回復する直前の52年1月に李承晩大統領が一方的に「李承晩ライン」を設定して竹島を取り込んだ。日韓漁業協定で「李承晩ライン」は実質的に廃止されたが、竹島の帰属問題は棚上げされた。日本は54年、62年、昨年の3回にわたって国際司法裁判所への付託を提案したが、韓国側は拒否した。99年発効の新漁業協定では、竹島を含む特定地域を両国漁船が共同操業する「暫定水域」に指定して今日に至っている。
 もう一つの大きな課題は、元従軍慰安婦など個人請求権の問題。請求権・経済協力協定で、日本は約53億ドルの植民地時代の投資と個人資産を放棄し、無償資金と借款を合わせて11億ドルの経済協力(当時の韓国国家予算の約3倍)を約束し、韓国側は個人を含む全ての対日請求権を放棄した。日本側はこれにより元従軍慰安婦など個人の請求権も全て解決済みとの立場である。村山内閣時代には人道的観点から「アジア女性平和国民基金」を設立して国民の寄付を募り、首相の詫び状を添えて元慰安婦に一人当たり200万円の償い金を手渡した。
 しかし、韓国政府は過去の交渉経緯を無視して2005年に元慰安婦などの請求権は協定の対象外と発表し、11年には「政府が日本と外交交渉しないのは被害者の基本的人権侵害で憲法違反」との憲法裁判所の判決を受け、日本との協議を求めてきた。日本側は法的に解決ずみとして拒否した。
日本の悲願である国連安保理常任理事国化についても韓国は強硬に反対している。
緊密化する経済・文化面の交流
 経済・文化面の関係改善は顕著である。韓国にとって日本は第2位の、日本にとって韓国は第3位の貿易相手国で今後も増加が期待される。日本側の大幅出超が続くが、韓国企業に不可欠な部品、素材などの輸入によるもので、その第3国向け輸出増に寄与している。素材や裾野産業が未熟な韓国は日本企業の誘致に熱心で、低い法人税や外資優遇策もあって日本の対韓投資は急増している。
 両国間の観光客など人の往来も盛んで、為替変動や大震災の影響はあるが、65年の国交正常化時に1万人だった日韓間の渡航者は約500万人に達している。近年のKポップスや韓国ドラマの韓流ブーム、日本の漫画、アニメ、小説の高い人気など、両国間の交流や相互理解は確実に深化している。
 他方、経済関係の更なる強化に資すべき経済連携協定交渉は2003年に始まったが、翌04年に中断した。その後の交渉再開に向けた協議に進展がない。韓国は米国、EUを含む各国との自由貿易協定推進に熱心だが、日本とは競争を恐れて逃げ腰である。97年と08年に韓国を襲ったような経済危機に備えるため、日韓通貨交換協定の融通枠が従来の130億ドルから11年に700億ドルに増枠されたが、12年10月に増枠部分は打ち切られた。
 このように、経済・文化・人的交流面で相互依存と相互理解が深まる一方、歴史認識や領土問題が政治関係改善の刺である。北朝鮮情勢が依然不透明で中国が軍備増強を進める中、日韓間の安保協力強化が重視されるが、12年6月には両国政府間で合意した軍事情報包括保護協定の署名が韓国側の政治的理由で直前に延期された。双方が感情論と大衆迎合的対応を排し、冷静かつ長期的観点から日韓関係の円滑化、緊密化に知恵を絞り、「真に近い国」の関係樹立に努める必要がある。
(2013年1月記)

国連持続可能な開発会議(「リオ+20」)の開催

 6月20日から22日まで、リオデジャネイロで国連持続可能な開発会議が開かれた。1992年6月に同地で開かれた国連環境開発会議(「地球サミット」)20年周年に当たり、「リオ+20」とも呼ばれる。約百人の首脳、各国政府、政治家、経済界、NGO、報道関係者など4万人余りが参加した。政府代表演説など政府間会議と並行して、各国政府やNGOなどによる多数のサイド・イベントが催された。20年前の地球サミットと対比しつつ、その意義を考えてみたい。
 リオ+20の「成果」
 会議の主要テーマは「グリーン経済」への移行とUNEP(国連環境計画)の専門機関への昇格など「制度的枠組み」の2点にあり、「我々が望む未来」と題する長文の成果文書(52頁、283項目)を採択して閉幕した。
 地球サミットでは経済発展と環境保全の両立した開発の重要性が認識され、「持続可能な開発」の原則が国際的に確立した。今次会議は持続可能な開発を達成する上でグリーン経済が重要な手段との認識で一致した。ただ、先進国がすべての国によるグリーン経済への移行と戦略策定の必要性を強調したが、途上国側はグリーン経済は持続可能な開発を達成する上での選択肢の一つにすぎない、戦略の策定は国ごとの判断と柔軟性によると主張して対立した。
 第2の制度的枠組みにつき、一部先進国が国連に持続可能な開発理事会の設立を提案したが日米加などが反対し、途上国が提案したハイレベル政治フォーラムの設立が合意され、既存の持続可能な開発委員会に代わって、明年9月の国連総会までにその第1回会合を開くことになった。また、EU(欧州連合)などが提案したUNEPの国連専門機関への格上げは実現せず、UNEP管理理事会のメンバーシップ拡大、資金強化、国連内での調整能力の強化を図ることとし、具体的内容は今秋の国連総会で決議される。
 今後の行動の枠組みとして、食料、水、エネルギー、海洋、気候変動、生物多様性など26分野での取組みが合意された。2000年の国連首脳会議で採択のミレニアム開発目標(MDGs)は2015年に期限を迎えるが、今度は持続可能な開発目標(SDGs)作成のための作業を立ち上げ、14年秋までの具体化を目指す。先進国と途上国が対立する資金と技術移転の問題は今後国連や関連国際機関で検討を重ねることになった。 
 地球サミットとの比較
 1992年6月3日から14日まで開催された地球サミットは多数の首脳が集まった国連史上最大の会議となり、大きな成果を上げた。当時の地球環境問題の深刻化と相まって世界の関心も強く、「環境と開発に関するリオ宣言」、その行動計画たる「アジェンダ21」および「森林原則声明」が採択された。2年近い準備過程で難航した資金、森林、漁業などの問題も、リオでの徹夜続きの折衝を経てすべて合意に達した。国連気候変動枠組条約と生物多様性条約の策定交渉が直前にまとまってリオで多数の国が署名、前者は94年、後者は93年末にそれぞれ発効した。アフリカ諸国の関心事たる砂漠化防止条約の交渉開始が合意され、94年に採択された。この準備や交渉プロセスでの議論や報道ぶりが、その後の地球環境問題への国際的取り組みや世論喚起に大きな影響を及ぼしたことは何より大きな成果だった。
 今回の成果文書は事前の準備過程では意見の対立が顕著で、3日間の短い会議では現地で詰める時間もなく、議長国ブラジルが取りまとめた各国立場の最大公約数的な合意案を議論もなく採択したもの。百人近い首脳と1万人余りの政府代表団が参加した割には低次元の内容で、ほとんどの問題を先送りした。「不合意文書」と揶揄する向きもある。地球サミットの合意で発足した持続可能な開発委員会に代わるハイレベル政治フォーラム設置の有用性は疑問。既存の委員会の活動に不満だといって衣替えしても、各国に真の問題解決に取組む意思がなければ効果はない。フランスを除くG8首脳が欠席して先進国の影が薄かった。途上国は「共通だが差異ある責任」原則に固執して、経済大国になった中国やインドを含めて責任回避に努めた。新興国にはより重い責任感を持ってもらう必要がある。政府間会議の低調さに比べて、NGOなどによる会場外のサイド・イベントは、お祭り騒ぎもあったが、評価が高かったようだ。
(2012年9月記)

テーマ : 環境・資源・エネルギー
ジャンル : 政治・経済

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